猫歴♯3:俺が猫を語る上で欠かせない子、サビ猫タム

タム

はじめに・・・

この子あたりの頃から、カメラ付きの携帯電話を持ち始めたので、
これまでの猫歴記事よりは写真は多めです。

しかしながら、カメラ付き初期の画素数の少ない低スペック携帯だった事と、
またフィルムカメラで撮った写真をスマホで撮り直したモノも含まれる為、
やはり画像は荒いかと思いますので、何卒ご了承ください。

また、タムについては少々長くなってしまうかもですが、
最後までお付き合いくださると幸いです。

実家にいた頃に溺愛していた子タム

タム

小さい頃よくタムタム!と、リズミカルにジャンプしていたのでタム。

出会った時が悲しい状況だったことや、未熟児でもあったので、
幸せになってほしい、強く生きてほしい、そう願いながらいつも接していました。

家猫にも関わらず波乱の猫生だったかもしれないけど、
様々なことを経験し、強く、そして優しく生き抜いた子でした。

タムとの出会い。

彼女との出会いは突然やってきました。

ある雨降る夜、おかんが小さな猫を二匹抱えて帰って来ました。
ビショビショになった小さな命はどちらも瀕死の状態・・・。

タムとチャム

理由を聞くことも無く、
とにもかくにも体を温めて食事を取らせようと必死で看病しました。

数時間後、なんとか落ち着き、おかんに理由を聞くと・・・

土砂降りの雨の中、道の脇で倒れている猫を見掛け、
近寄ってみると、すでに亡くなっていた母親猫のおっぱいを、
必死に吸おうとしている二匹を見つけたのだという・・・

このままじゃ、二匹とも死んでしまうと思い、連れ帰ったとのこと。

我が家にはすでにペルとミュウの二匹の猫がいて、
「もう猫は増やさないよ」が口癖だったおかんだけど、
流石に放ってはおけなかったようです。

その後、二匹には上記したようにタム、
そして茶色っぽかった子にチャムと名付けました。

当初はどちらか一匹を誰かに引き取ってもらえればと活動を始め、
タムには申し訳なかったけど、うちはチャムを引き取る予定でした。

タム

そんな矢先・・・

タムよりもしっかりしていて元気だったチャムの状態が急変し、
そのまま亡くなってしまいました・・・。

結局助けてあげられなくて・・・ごめんねチャム・・・。

そうして、里親捜しは中止することになり、
タムを正式に家族に迎え入れることとなったのです。

家出

タム

タムはペルやミュウに見守られながら元気にすくすくと育ち、
毎日元気に飛び跳ねてました。

ヤンチャっぷりもなかなかで、
少しでも外に出られそうなチャンスがあれば脱走を試みるというね。

当時うちはマンションの2階であり、もちろん空中庭園なんて無かったし、
かなり交通量の多いところでしたので、外に出すのは危険過ぎて無理。
ベランダで我慢してもらうほかありませんでした。

そして、事件が起きたのです。

玄関の扉が少し開いていたようで、そこからタムが脱走してしまったのです。
弟がちょっとずぼらで、扉をしっかり閉めていなかったのです。

急いで探さなきゃ、こんな場所では車に引かれてしまうと、
家族みんなで毎日探し回ったけど、発見出来ませんでした。

仕事から帰ったら明け方まで俺と弟がタムを探すってな日々が続きました。

そんな日々をひと月ほど送っていた最中、おかんからある報告が・・・

仕事からの帰り道、車道で猫が轢かれているというのです。
慌てて家族総出で確認に行きました。タムではないことを祈って・・・

ですが、現実は残酷なもので、
何度も轢かれてぺちゃんこになっていたその猫の種類は、
タムと同じサビ猫であり、体の大きさも一致する、そしてタムと同じ鍵尻尾・・・

・・・タムだと断定しました。

タム

俺は家族みんなが辛い時ほど、
長男は泣いたらあかん!と、いつも祖母に言われていたので、
血が出そうなほど堪えて涙は流しませんでしたが・・・

弟は帰宅後、自分のせいだと泣いていました。

遺体のお腹からはビニール袋が出ていて、
あまりにもお腹を空かせて口にしたのだろうと・・・
それを思うと、ひもじかったろう、寂しかったろう、怖かったろうと、
・・・辛くて・・・辛くて・・・。

チャムも・・・タムも・・・救えなかったことに、
・・・悔しくて・・・悔しくて・・・。

我が家はそれから暗い日々を送ることになります・・・。

生還

タム

それから2ヶ月が経ったある日のことでした。

仕事から帰って来て自宅マンションの階段を上がろうとした時でした。

・・・ん?

聞き覚えのある声。

俺は無意識にタムの名を呼んでいました。

するとそれに呼応するかのように鳴き声が聞こえてくるではないですか。

鳴き声の聞こえる方へ向かい、となりのマンションのもの凄く狭い隙間、
そこに死んだ(と思い込んでいた)ハズのタムの姿!!!

・・・はぃっ!?

慌てて「懐中電灯!懐中電灯!」と叫びならら一端家に入りました。

おかんと弟が何事かと・・・

「タムが居た!タムが生きてた!!生きてたよ!!!」

弟は速攻で外に飛び出して行き(あの時、裸足だったんやないかなww)、
おかんは「そんなことあるわけないやろ!」と怒っていました。

俺が詳細をおかんに説明していると、弟が戻って来ました。
腕には痩せ細り、頬のところに大きな傷を負ったタムを抱えて・・・

おかんは言葉を無くし、はっ!としたように慌てて、
仏壇に供えていたタムの写真と線香を隠してましたねwww
このことは、今でも笑い話として我が家ではよく話に出てきますwww

タム

暗く沈んでいた我が家がパッと明るくなった感じがしました。

傷の手当てや、汚れを落としたり、食事も与え、
そして、猫たちも含め我々家族総出による心のケア。

あの時は、最初に出会った時のゆようだったねタム。

それからというもの、
タムが外に出ようとすることは、
生涯を全うするまでの間、一切ありませんでした。

あの2ヶ月間、よっぽど辛い思いをしたのだろう・・・。

よく生き抜いてくれたよ。よく戻って来てくれたよ。

ちなみに弟も、扉や窓はしっかり閉めるようにww

出産

タム

そうそう、また今後、猫歴記事で書きますが、
タムの家出中に我が家には新猫が仲間入りしていたのです。

タムを失ったと勘違いして、暗くなっていた我が家を心配し、
ミュウを連れてきてくれた知り合いの方が、半ば強引に連れて来たピーですww
タムが帰って来てから、冗談で、お前・・・みたいな目で見られていたピーです。

ごめんねピーww

ピー

そしてピーが大きく成長した頃、そのピーとタムとの間に子供が生まれます。

俺の部屋の押し入れにて、タムは3匹の赤ちゃんを産みました。
2~3日かけて産んだと記憶してます。

うち最初の2匹は産まれた直後に亡くなってしまい、
最後の1匹を日々祈るような気持ちで見守りました。

その子が、これまた後に記事にしますが、チャウです。
タム譲りの優しい子。

タムとチャウ

一番年上ながら、雌猫であり未熟児でもあったタムの大きさを、
ピーもチャウもすぐに抜いていきました。

3匹はよく寄り添って一緒に寝ていたなぁ

タム・チャウ・ピー

本当にありがとう

[1995.5(推定)-2008.10.24]

まだまだタムに関しては書きたいことが山ほどあります。

しばらくお腹に虫を飼って我が家を大パニックに陥れたりww
お尻の匂い袋の破裂でこれまた我が家を大パニックにww

・・・などなど書きたいタムとの思い出はまだまだありますが、
きりが無いのでやめときますww

タム

晩年、すでに俺は実家を出ていて・・・

タムの調子が悪くなり、実家から連絡を受けて、
逢いに行った時、動けない状態だったのに、
ゆらゆらとふらふらとゆっくり出迎えに来てくれたよね。

そのすぐ後だった・・・タムが亡くなったと連絡を受けたのは・・・

あの時、俺を待っていてくれたのかな?

最後の時、一緒に居れなくてごめんね。

タム

家族の誰よりも俺のことを好きで居てくれ、
いつも俺の側に居てくれたタム。

嬉しい時も楽しい時も、辛い時も悲しい時も
いつも一緒だったねタム。

俺も大好きだったよ。

出会った頃はあんなにか弱く、未熟児だったにも関わらず、
ペルよりもミュウよりも長く一緒に居てくれたね。

強く生きてくれたね。

キミからは本当に様々なことを学ばせてもらったと思ってるよ。
命の大切さ、諦めない気持ち、優しさ・・・。

タム

また逢いに行くからね!それまで家族揃って待っててね。

本当にありがとうタム。

ありがとう。


よろしくお願いしま~す!
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